復帰後の1か月

3ヶ月の休養期間を経て、4月から幼稚園に復活してほぼ1か月。

思っていたよりも幼稚園生活は順調のようです。

 

順調に思える要因はいくつかあるようなのですが、

・朝、幼稚園に行きたくないと口にする回数が減った

幼稚園の入口で泣き喚いて帰りたいと抵抗することがほぼなくなっ

・幼稚園で床に寝そべることなく座っていられるようになった

・友達に手をあげることがなくなった

・幼稚園にいる最中の表情が柔らかくなった

などなど。

 

発達支援教室に通って成長したなあ、と親も幼稚園の先生方も、感謝している状況です。

もちろん、発達支援教室に通うことでできるようになったこともありますし、息子が頑張っていると思えることもあります。

しかし、個人的に大きいと思っているのは、これらに加えて、幼稚園の先生方ががんばってくれていることです。

 

進級式の日に、一日の予定を記載したイラストを用意してくれていましたが、これは発達支援教室で行っており、息子には効果があった方法を幼稚園の先生が取り入れてくれたものです。

あるいは、先生が100均の滑り止めシートを買ってきて、椅子に張り付けてくれた、ということもありました。

息子が椅子にちゃんと座っていられないことへの対策として、です。

発達支援教室ではひじ付の椅子を用意してくれていました(もっと小さい子用の椅子に下駄をはかせて息子に使わせてくれていた)。

息子が座っていられないのは、本人が嫌がるからという本人の問題(というか成長の遅れ)だけではなく、身体能力的にまだ座っているのが困難という面もあるようで、ひじ付椅子はその対策です。

幼稚園でも座っているのが困難なのは同じなのですが、方法は違えど、身体能力の不足をカバーするような対策を考えて、実行してくれていたということです。

 

これは息子のためだけではないのですが、年少では各クラスに2の先生がいることに加え、クラス関係なく年少全体を見る先生がいました。

年中からは本来各クラスの担任だけになります。

しかし、今年から、クラス関係なく年中全体のサポートをしてくれる先生が一人追加になったのです。

 

息子のためだけはない、という話の補足ですが、幼稚園から発達支援教室に通う子供が今年は二人、追加になったと聞いています。

これまでと比べて、支援教室に通う子供が増えているのです。

その幼稚園に特殊な事情があるとはあまり思えないので、通う必要のある子供を見つけ、受け入れるだけの体制が整ってきているということだと思います。

詳細は把握していませんが、息子は今年から、行政の試験的な支援事業の対象にもなっています。

これは、発達支援教室、幼稚園の関係者の皆様が受け入れてくれたことで実現したものです

たまたまではありますが、息子にとって必要な時期に、必要な手当てがなされていることに本当に、感謝の気持ちが止まりません。

 

さて、一方で、昨年度にはなかった課題もいくつか浮上してきました。

全体としてどうまとめていいものやらと思うので、出来事を二つ書き留めておきたいと思います。

 

一つ目は、幼稚園で体操の時間があるのですが、その中で鬼ごっこをしているときのことです。

先生が鬼になり、園児たちを追い回すのですが、これが怖くて泣いてしまったようです。

先生は、鬼が怖いのかと思い、2回目は、鬼ではなくバイキンマンが追ってくるから逃げて、という設定に変更してくれたようなのですが、これも効果なく、怖くて泣いてしまいました。3回目はバイキンマンをオオカミに変更してみたところやっぱりだめ。

怖がりで、すぐに泣いてしまうこと自体は、まあかわいいと言えばかわいいのですが。

 

この話、先生が、次回は先生と一緒にみんなを追いかける方をやろうか、と言ってくれたらしく、こんなところでも幼稚園の対応って素晴らしいなあと思っているところです。

 

二つ目は、幼稚園の課外でサッカー教室をやっており、その「体験」に参加した時のことです。

そもそも、サッカー教室の体験に息子が、行きたい!と言ったこと自体が驚きでした。

春休みの期間に地域の水泳教室があり、安かったので申し込んだのですが、どうしても行きたくないと言うのでキャンセルした経緯があったからです。

 

驚きというのはうれしい驚きの方で、息子が興味を持ってくれたのであれば、しめたもの、申し込んで行ってきました。

サッカー教室は主として年長の子供たち向けのようですが、ボールを蹴ったり、それを追いかけて走ったりなど、周りの子に比べて決してうまくはない、どころか指示されたこととやっていることがあっているのかどうかもよく分からない状態ではありましたが、息子は楽しくやれたようです。

途中までは。

前半は主にボールの扱いに慣れるための個人練習のようなもの、後半に試合形式だったのですが、試合中に泣き出してしまいました

試合と言っても、チームが分かれ、ゴールが決められており、ボールを複数使ったものです。

パスを要求されるとか、シュートを外して見方からなじられるとか、そういうレベルでは全くありません。

 

なんですが、息子には、みんなが自分の周りで走り回っているのが怖かったらしいです。

当日、サッカー教室の直後にもいっていましたし、翌朝、私と話しているときにも言っていました。

 

ただ、いずれでもそうなんですが、泣いたことが恥ずかしいって認識はないんですよ。

単なる昨日の出来事を語っているだけで、そこに感情がこもっている様子はありません。

言い方を変えると、改善しようって気持ちが本人にはないってことです。

 

「怖い」という感情を徐々に乗り越えてくれれば、それが一番いいことだとは思っています。

乗り越えるのは、自分一人のチカラでもいいと思いますし、誰かの助けを借りることでもいいと思います。

どうやったら自分が怖さを乗り越えられるのか、その方法を知る、また増やすということです。

 

ただ、一朝一夕にできるようになるわけではないこともまた確かです。

その出来るようになるまでの間はどうしたらいいのだろう、が悩ましいです。

泣き出すことは解決ではないからダメなんだ、と教えてもいいものなんでしょうか。

それを教えることで、怖さに耐えられるのであれば、周囲に迷惑をかけることは減るかもしれません。

ですが、息子の中では解決されず、人から(両親である私たちも含め)隠してしまうことになるわけです。

怖い時になくことが恥ずかしい、と教えることも同じ問題を引き起こします。

 

子育ては悩み続きを地で行く話ですね。

体調の悪い週末

週末を体調を崩した息子と過ごしました。

 

熱もなく、鼻水もでてなくて、本人にも自覚がないようなので、具体的にはどうなんだか分かりません。

普段、体調が良くないときには、食欲が落ちるのですが、今回はそれもありませんでした。

 

ただ、食事の際に、いつもより食べておらず、ごはんを残すことがあります。

もうお腹一杯だから、と言って。

こちらが少し心配して、椅子からおろそうか(食事の際は自分では脱出できない椅子に座ってもらっています)、と聞くと、しっかり食べたらたべたい、と言います。

しっかり食べたら、はデザートのことです。

ご飯残してデザートは食べられないなあ、と応えると、やっぱりお腹すいてるご飯食べる、と言い出すわけです。

こういうやり取りが行われることもあれば、何も言わずに食事を終えてデザートを要求することもあります。

一概にわがままを言っている、とも思えず、体調が悪いときに甘えたい、というのの一環なのかなと思っています。

 

また、みんな(私たち両親)と同じモノを、同じ場所から取って食べたい、という要求も増えてきました。

私と妻は元々、大皿に料理を盛り付け、各自が勝手に取り分けることが多いのですが、息子の分だけは彼ひとり分をお皿に分けていました。

味付けが違うとか、冷まさないと食べられないとか、息子の食事を分ける理由はいくつもあります。

しかし、最も大きな理由は、息子から食卓の中心に置かれた大皿、どころか端っこにおかれた大皿にすら手が届かないことです。

 

最近どころか数日前に気づいたのですが、自分に一番近い位置にお皿を置いて、手を伸ばすとぎりぎり届くようになっていたんですよね。

成長して手足が伸びてきた、ってことです。

手始めに、味も温度も関係なさそうなつけ汁に浸して食べるうどんの大皿を息子の前においてあげたのですが、これが大喜び。

これだけ終始嬉しそうに食事してくれるのはこちらとしても有難いものです。

ただ一つだけ問題として残ったのは、息子がどれだけ食べたのかを把握できないということです。

結構食べたような気がするんですけどね。しっかり食べたら、を要求してきましたし。

 

息子は次に、みんなで調理しながら食べられるものを一緒に食べたいと言っていて、具体的には焼肉が食べたいようです。

これはこれで、温度という壁があって、ホットプレートで焼けた肉を取らせるのも怖いし、そのまま食べられないし(冷まさないと)、もう少し先の話になりそうです。

 

体調が悪くなると外で遊ぶより家で遊ぶことを好むようになります

今回は外に行きたいと言うことが多かったことも体調がいいんだか悪いんだか、悩んでしまった要因の一つです。

外(公園)ではかくれんぼを気に入るようになってきました。

私と息子の二人だけのときには、隠れる時も探すときも、息子の目線から消えないように気を付けています。

もちろん、公園から出ないようには言ってありますが。

発見する、という喜びはまだ息子にはないらしく、隠れている相手に近づいていく喜び、あるいは隠れているところに相手が近づいてくるドキドキ感、みたいなのが好きらしいです。そっちの方が大人っぽいように私には思えるのですが。

 

妻も含めて3人になると、妻と息子のチーム対私、になるので目を離しても大丈夫です。

一度、これで最後ね、と確認して妻と息子が隠れた際、公園の敷地かどうか微妙な遠いところへ隠れていたことがあります

妻に何度も、パパは見つけてくれるかなー、と話していたそうで、期待されているような微妙な気持ちになりました。

ちなみに、自分では見つけられず、妻が出てきて場所を教えてくれたのでやっとたどり着いたのですが

20170424_体調の悪い週末

 

週末を体調を崩した息子と過ごしました。

 

熱もなく、鼻水もでてなくて、本人にも自覚がないようなので、具体的にはどうなんだか分かりません。

普段、体調が良くないときには、食欲が落ちるのですが、今回はそれもありませんでした。

 

ただ、食事の際に、いつもより食べておらず、ごはんを残すことがあります。

もうお腹一杯だから、と言って。

こちらが少し心配して、椅子からおろそうか(食事の際は自分では脱出できない椅子に座ってもらっています)、と聞くと、しっかり食べたらたべたい、と言います。

しっかり食べたら、はデザートのことです。

ご飯残してデザートは食べられないなあ、と応えると、やっぱりお腹すいてるご飯食べる、と言い出すわけです。

こういうやり取りが行われることもあれば、何も言わずに食事を終えてデザートを要求することもあります。

一概にわがままを言っている、とも思えず、体調が悪いときに甘えたい、というのの一環なのかなと思っています。

 

また、みんな(私たち両親)と同じモノを、同じ場所から取って食べたい、という要求も増えてきました。

私と妻は元々、大皿に料理を盛り付け、各自が勝手に取り分けることが多いのですが、息子の分だけは彼ひとり分をお皿に分けていました。

味付けが違うとか、冷まさないと食べられないとか、息子の食事を分ける理由はいくつもあります。

しかし、最も大きな理由は、息子から食卓の中心に置かれた大皿、どころか端っこにおかれた大皿にすら手が届かないことです。

 

最近どころか数日前に気づいたのですが、自分に一番近い位置にお皿を置いて、手を伸ばすとぎりぎり届くようになっていたんですよね。

成長して手足が伸びてきた、ってことです。

手始めに、味も温度も関係なさそうなつけ汁に浸して食べるうどんの大皿を息子の前においてあげたのですが、これが大喜び。

これだけ終始嬉しそうに食事してくれるのはこちらとしても有難いものです。

ただ一つだけ問題として残ったのは、息子がどれだけ食べたのかを把握できないということです。

結構食べたような気がするんですけどね。しっかり食べたら、を要求してきましたし。

 

息子は次に、みんなで調理しながら食べられるものを一緒に食べたいと言っていて、具体的には焼肉が食べたいようです。

これはこれで、温度という壁があって、ホットプレートで焼けた肉を取らせるのも怖いし、そのまま食べられないし(冷まさないと)、もう少し先の話になりそうです。

 

体調が悪くなると外で遊ぶより家で遊ぶことを好むようになります

今回は外に行きたいと言うことが多かったことも体調がいいんだか悪いんだか、悩んでしまった要因の一つです。

外(公園)ではかくれんぼを気に入るようになってきました。

私と息子の二人だけのときには、隠れる時も探すときも、息子の目線から消えないように気を付けています。

もちろん、公園から出ないようには言ってありますが。

発見する、という喜びはまだ息子にはないらしく、隠れている相手に近づいていく喜び、あるいは隠れているところに相手が近づいてくるドキドキ感、みたいなのが好きらしいです。そっちの方が大人っぽいように私には思えるのですが。

 

妻も含めて3人になると、妻と息子のチーム対私、になるので目を離しても大丈夫です。

一度、これで最後ね、と確認して妻と息子が隠れた際、公園の敷地かどうか微妙な遠いところへ隠れていたことがあります

妻に何度も、パパは見つけてくれるかなー、と話していたそうで、期待されているような微妙な気持ちになりました。

ちなみに、自分では見つけられず、妻が出てきて場所を教えてくれたのでやっとたどり着いたのですが

鬼ごっこ

公園で遊んだあと、友人の家に行きました。

そこの子供は1学年上の女の子、2学年下の男の子です。

 

お風呂が2階にあるため、1階はほぼリビングだけだそうで、とても広いリビングでした。

犬を飼っているので、ゲージがリビングの脇にあり、その奥が子供の遊び場になっている和室でした。

 

私たちが最初に着いたのですが、幸い?なことに、お父さんは料理で手一杯なので、私たちは母親と話しており、子供たち同士で遊んでいました。

女の子は、小さい弟がいるせいか、息子の遊び相手になってくれました。

というか、息子が部屋に置いてあるおもちゃを見てみたいと言い出し、女の子が順番に取り出しては遊んで見せてくれるのですが、そこで息子は納得し、次はあのおもちゃは何だ!?と言い出すことの繰り返しです。

私は他人の家ということもあり、片づけられないおもちゃが増えていくことが気持ち悪いのですが、その出したおもちゃで下の弟が遊び始めたりして、すぐに収集がつかなくなり、ほおっておくことにしました。

 

おもちゃはまだいいのですが、次に息子がやりたがったのが、粘土。

自宅でも取扱いに多大な注意を要するのに、他人の家でそれをやるのか。

しかも、まだ開封していない粘土を開けるよう、執拗に頼む息子。

私と私の妻は、二人ともかなりケチな方だと思います。なので、粘土も他のが使えなくなるまで、新しいのを開封させるのはとても渋ります。

でも、友人は違うんですよね。

ザクザク開けていきます。

それを見ていると、私たちが普段、息子のしたいことをなるべく優先してあげようとしているものの、やはり制約っていろいろとあるんだな、と考えさせられました。

 

順次、ゲストが到着して、まずはお昼を食べましょう、ということになりました。

ここで、息子が最初のいやいやを発揮します。

曰く、食べたくない、お腹すいてない、遊んでいたい!

いつもなら、何よりも楽しい食べる時間。それよりも遊んでいたいほど楽しいのか、というのは、特に他人の家で緊張して、固まってしまうのではないかと心配した私たちからすれば、ある意味うれしいことでした。

とは言っても、みんな集まってごはん食べようから一人放り出すわけにもいかず、説得してテーブルにつかせました。

すると、まあ食べるんですよね、いつもよりたくさん食べたかもしれないくらい。

途中でパスタが出てきたのですが、息子は麺を食べる?と聞かれて、大好き!と答えていました。

が、中華麺は好きなのですが、パスタもうどんもあまり好きではありません。

麺と言われて即座にラーメンだ、と思った息子にも問題がありますが、正さなかった私たちにも問題があり。

それでも、なんだかんだ用意された分は完食していましたが。

 

ゲストの中でも一番最後に来た子は、息子と同級生の女の子。

人見知り、場所見知りがすごいと聞いてはいましたが、本当に両親にべったりでした。

前回(と言っても2年前)に会ったときは、彼女の自宅だったこともあり、そんなイメージはなかったんですが。

この女の子が、だんだんと両親から離れ、ホストのお姉ちゃんと遊び始めると、息子はポツンとしていることが多くなりました。

年下の子とは意思疎通ができず、女の子同士の会話にはついていけないんですよね。

そうすると、親(つまり私たち)のところに一緒に遊んでくれと言いに来ます。

 

そんなことをしている間に、食事が終わり、お菓子をつまみながら親たちが雑談していると、幼稚園の流行についていくのも大変だよね、という話になり、恋ダンスをみんなして踊っているんだよね、という話になりました。

で、まあ、DVDもあるし、子供たちに踊ってもらうか、みたいな流れになりまして。

うちの息子は手遊び歌にも乗っからないくらいなので、ダンスをするなど、はるかかなたの出来事です。

しかもあまりテレビも見せていないので、恐らく恋ダンスなど、生まれて初めて目にしたはず。

楽しそうに踊る子供たちをしり目に(ちらりと見に来ましたが)、自分の遊びに没頭しています。

まあ、いつもの事ではあるとはいえ、やはり寂しいものだなあと思います。

まだ2歳になったばかり、やはり今日初めてこのビデオを見た男の子が一生懸命、みんなに合わせて体を動かしているのとあまりに対照的で。

 

身体を動かしたことで興奮してきたのか、ダンスしている面々(つまり息子以外)は家の中を走り回り始めました。

ホストのお父さんが鬼になって子供たちを追い回して。

やっぱり子供って走るの好きだねー、走ると同時に奇声を上げるよねーなんて親たちは言っていたのですが、やはり息子はわれ関せず。

黙々と粘土に取り組みます。

 

ところが、鬼役のお父さんが子供たちの写真を撮り始めると、子供たちの間で、誰が鬼をやるかでもめ始めます。

子供ってあんなに鬼役が嫌いなんですね、女の子だけなんでしょうか。

そこに猛然と名乗りを挙げる息子。

いや、びっくりしました、突然参戦するので。

 

そこからは息子が鬼役になり、ガオーと意味不明な叫び声を上げながら他の子供たちを追い回します。

子供たちが近くに来たら、パパもガオーってやってね、と依頼される始末。

そのまま、くたくたになるまで遊んでおやつを食べて過ごすことができました。

 

友人からいただいた絵本も気に入り、その家で2回、帰りの車の中でも、家に帰ってからも、何度も読み聞かせることになりました。

何故か、夕飯は、みんなで作って食べるものがいい、と言うので、お好み焼き屋でも行こうか、と誘うと泣いて嫌がり、焼肉屋に行くことになりました。

目当ての焼肉屋は満員、次に行ったところ、また次にいったところは店の作りが気に入らない(入れない)ので、焼き鳥メインの居酒屋に行ったのですが。

 

食事の後、布団に入ると、ものの数分で寝息を立て始めました。

今日はさぞ疲れたことでしょう。

満足そうに眠る息子に、お疲れ様、と声を潜めてつぶやいた一日でした。

池の周りに生い茂る木々

前職の同僚たちで、当時月1回は昼か夜に集まって食事をしていました。

コアのメンバーが6人ほど、今でも付き合いが続いています。

 

転職や離職に伴い、職場は散り散りになりましたが、それぞれ結婚して子供ができ、今度は誰かの家に集まるようになりました。

出産や家族の死去などがあり間が空きましたが、今回、2年振りに集まることになり、友人宅に行ってきました。

ホスト含め、4家族の参加です。

家から車で1時間半ほど、の場所です。

 

12時集合でランチを食べ、話をしながら、夕方に解散というプランです。

着いてすぐにお昼を食べる、だと慣れない場所で食事することになり、息子には辛いのではないか、ということで、ちょっと早めに現地近くに着いて、公園で遊んでから、目的地に行くことにしました。

現地へ向かう前に、お土産を家の近くで買いました。一人がハチミツを持っていく、と言うので、食パンにしました。有名なパン屋さんがあるのです(そこの食パンは何もつけなくても美味しいので、これでいいのか、多少悩みはしたものの)。

 

現地近くでは偶然、池のある開けた公園が運転中に見つかり、駐車場も空いていて、幸運でした。

公園沿いのいくつかのおうちからは、家を隔てた反対岸の木々が見えました。

桜もかろうじて咲いていましたが、それがなくても新緑の緑だけで、十分に気持ちが軽くなる眺めでた。

雨や台風の際には水かさが増える恐れがあるのか、どの家も高台に建っており、より一層、良い眺めなのではないかと思いました。

しかし、家の向きが公園にしっかり向いていないのです。

後から公園の造作が変わったのか、もともと公園を眺めることに興味がないのか、いずれにしてももったいないなと思いました。

かなり広い公園だったのですが、入ってすぐのところに滑り台やブランコなどの遊具があり、お砂場もありました。

息子はお砂場遊びを強固に主張したものの、これから他人の家に上がるのに汚れるのは嫌で、道具を持ってきていないことを理由に諦めてもらいました。

少し進むと、健康器具のようなものがあり、こちらで楽しく遊んでいるうちに砂場の事はすっかり忘れたようでしたが。

健康器具の一つに私たち両親がはまり、遊んでいたところで、小さな子供がやりたそうに見ているのに気付いて恥ずかしい思いをしたりもしました。

 

公園は池に沿って道路が整備されていたのですが、途中からは、小山のように盛り上がっていました。

階段の上り下りが好きな息子が、上りたい!と言うので、無駄に大変な思いをして階段を上りました。そして何もせずに降りてきました。

降りるときには、脇の坂道を下りましたが、息子は下り坂を走るのが好きなので、手を繋いで走り降りました。

次の階段では、初め、これも上る、と言っていたのですが、途中から、やっぱり下でママと待ってるからパパ、上を見てきて、と言われました。

他人に任せるようになったのか、という成長を感じつつも、こき使われている感じも否めません。

歩いている途中では、マムシなどが出現する可能性があるので、道から外れた茂みなどには立ち入らないように、という看板があり、道に出てくることもあるだろうに、大丈夫なのかなという話を両親はしました。

 

公園の出発点から反対の端には、やはりブランコや滑り台と言った遊具が置いてありました。

息子がブランコで遊んでいると、遊びに来た男の子に話しかけられました。

聞けば、今年年長になったとのこと、一緒にブランコに乗っていれば自分で漕げますし、よく見ると乗ってきた自転車には補助輪がついていません。

息子は三月生まれなので、学年が一つ違うと年齢は2歳近く違う可能性がありますが、それにしても運動神経がいいのだな、と感心しました。

 

そもそも、年長とはいえ、幼稚園児を一人で講演で遊ばせる、というのは私の住んでいる地域では観られないので、その点が一番びっくりでした。

ですが、よく聞いてみると、近くのベンチに父親が座ってみているとのこと、まあそうだよな、と納得しました。

息子は次から次へと、その子が持っている持ち物に興味を示します。

自転車、自転車のかごに乗っているグローブとゴム製の野球ボール。

 

私、近くで見守っている父親がこの光景をどう見ているのだろう、と考えていました。

その子の持ち物を、その子が了解しているとはいえ、他人の子供が使っているのです。

しかも、息子は一人では使えないので、自転車は親が押していますし(補助輪なしの自転車は乗れない)、グローブは子供同士が投げ合ってもキャッチボールにならないので、私が投げています。

見ようによっては、知らない大人たちが、自分の子供の持ち物を勝手に触っているようにも見えるので。

 

帰り道、その父親の近くを通った際に、一緒に遊んでくれてありがとうございます、と声を掛けられました。

そこでやっと、少し良いことをしたのかな、と気が楽になりました。

 

そこから池の反対側を歩いて車に戻ったのですが、何度も聞いたのに、息子が途中でトイレに行きたいと言い出しました。

急かして歩かせ、途中からは私が息子を抱えて走り、18キロの物体を抱えたまま走るのは、5分が限度だと思い知りました。

 

お友達のうちでの様子に続きます。

雨と桜と進級式

長かったようで、でもあっという間だった、息子の春休みが終わりました。

当面、幼稚園に週4日、発達支援教室に1日通います。

その幼稚園の進級式が土曜日にあり、これが新年度の始まりになりました。

 

進級式当日は小雨が降る、肌寒い朝でした。

幼稚園では、年中から制服を着ることになります。

とは言っても、行き帰りだけなんで、幼稚園に着いたらすぐに着替えることになるのですが。

何度か試しに着てみたことはあったものの、ちゃんと着替えて、しかも外出するのは初めて。

新しいパリッとした制服でテンションあがるよね、というのは息子には全くなく、いつも通り、着替えには大変手間取りました。

幸い、両親が一緒だからなのか、幼稚園に行くこと自体には全く抵抗しなかったのですが。

 

幼稚園に着くと、クラス替えがあったので、新しいクラスを教えてもらい、教室に向かいます。

教室に着くと、自分のロッカーの場所を覚えます。

ロッカーは名前順に並んでいるのですが、息子は、そのルールから外れ、一番端っこのロッカーが割り当てられていました。

 

そのことよりも、ロッカーの脇に、今日の行事の流れを書いたカードが飾られていました。

教室で用事を済ませる→先生の話を聞く→進級式にでる→教室に戻ってくる→解散

それぞれのカードは、イラストが添えられています(文字はまだ読めないですし)。

 

この方法、息子には(息子に限らないのですが)とても落ち着かせる効果があるようで、発達支援教室でやっていた手法です。

幼稚園の先生が発達支援教室の見学に来てくれた際にやり方を学び、用意してくれていたとのこと。

 

私、自分でも息子でも、特別扱いされるのが、おこがましくも恥ずかしく思う方で嫌なのですが(貧乏人の性分ですね)、ロッカーの位置もカードも、幼稚園が息子を受け入れよう、通わせようとしてくれる気持ちが見えて、とても有難いと思いました。

息子はいい人に囲まれていて、幸せだなとうれしくなりました。

 

親は一足先に進級式の会場(大きなホール)に移動し、準備が整うと先生に率いられて園児たちが入場してきます。

息子は最初に入ってきたクラスの一番最後に、担任ではない先生に手を引かれて歩いてきました。

この担任ではない先生が以前、発達支援教室の見学に来てくれた、幼稚園全体の遊軍のような位置づけの先生です。が、息子専任のようになってしまっています。

息子は、親指と人差し指で○を作り、それを目に当てて顔を隠して入場してきました。

ホールには人がたくさんいて恥ずかしかったのでしょう。

 

式はみんなで歌いましょうから始まり、幼稚園の先生方、職員さんの紹介があり、最後にお偉いさんの挨拶がありました。

初め、専任の先生の陰に隠れて私の座っている位置からは全く息子が見えなかったのですが、途中で他に泣き出した子供がいて、専任の先生がそちらにかかりっきりだったので、息子の様子をよく見ることができした。

私、会場の正面後方に座っていたのですが、息子は左手にいました。ところが、左隣に座っているお父さんは息子が右側にいたらしく、微妙に視線が交錯するようなしないような。席を代わればよかったんですけどね、言い出せないところが日本人だなーと思いました。

 

式の最中、泣き出すことはなく、それどころか、じっと正面を向いたまま、息子は座っていました。

昨年の秋、運動会では、崩れ落ちるように椅子から落ちていたことを考えると、格段の進歩と言え、感心しました。

 

ただ一方で、息子はじっと正面を向いたままなんです、真剣な顔をしながら。

先生が話していても先生を見ているわけではありません。

先生・職員のみなさんの紹介は寸劇のような形で行われるのですが、ニコリともしませんし、誰かの様子を目で追っていることもありません。

みんなで歌いましょう、にも全く反応している様子はなく、口も動いていません。

 

見ようによっては、退屈な時間に耐えているだけ、とも見えるのです。

息子の心のうちは分かりません。

分からないのですが、他人と違うと言うことは、親からは、他人からはこのように見えるんだ、ということに涙が出そうになりました。

 

式が終わり、教室に戻り、担任の先生を中心に歌を歌いました。

そこでも息子は座っているだけ。表情が変わることもありません。

歌が終わると、先生から、保護者に向けて説明があるので、みんなちょっと静かに待っていてね、とお願いがありました。

その時です、今日はじめて、息子が動いたのは。

待っている間、何をしたらいいの?、と聞いたんです。

 

先生と同じく、私もびっくりしていて、先生が受け流したことは覚えているのですが、何を言ったのかは思い出せません。

ただ、息子が言われたことにうなずいたことは覚えています。

 

保護者向けの説明が終わると、雨は止んでおり、園庭も思ったほど濡れていないので、写真を撮るなりして帰ってくださいね、と言われました。

お友達同士、写真に納まる子供たちに混ざることなく、遊んでいく?という問いかけに答えることもなく、早く帰ろう、と急かされました。

お願いして何枚か桜と一緒の写真を撮って、誰よりも早く、幼稚園から出ていきました。

 

息子は将来、この日のことを思い出すだろうか。思い出すとしたら、それは楽しい記憶なのだろうか、辛い記憶なのだろうか。

そう思いながらも、どっちの記憶であれ、思い出してほしい、そ時に写真が手掛かりになるといいな、と思いました。

花見と船酔い

週末は土曜日が雨でしたが、翌日曜日は晴れていたので、近くの河川敷に花見に行ってきました。

桜はまだ五分咲きといったところでしょうか。

川沿いなので、散歩している人も多かったのですが、夜に備えてでしょうか、ブルーシートを広げて手持無沙汰そうにしている人も多く、平和な光景が広がっていました。

息子は花見には全く興味がないらしく、出発前から、行きたくない、歩きたくないを連呼するので、お菓子で釣って歩いてもらいました。

ただ、途中からは楽しくなったようで、坂道を走り降りたり、道端の虫を気味悪がったり、川の流れをじっと眺めていたりしました。

途中で河川敷を離れて、大きな池のある公園に行きました。

この池では、ボートの貸出を行っています。

足こぎと、手こぎがあるのですが、以前、足こぎに乗ったことを覚えていたらしく、また乗りたい、と言うので、ボートを借りることにしました。

足こぎボートは、私には少し小さく、前回はとても腰が痛くなりました。

今回は妻の腰が完治していないこともあり、漕ぎ手が一人では心もとなく、手漕ぎボートを借りることにしました。

オールを動かしてボートが進む様子は、たいそう楽しいようで、景色が変わっていくのを、鴨がボートの近くを泳いで通り過ぎるのを、息子は楽しく眺めていました。

自分でもオールを動かしてみたいらしく、2本同時はさすがに無理で一本だけを握りしめ一生懸命いじっていました。

また、池には船のラジコンを浮かべて遊んでいる大人(ほとんどがおじいさん)もいて、ラジコンを恐らくは息子のためでしょうか、ボートに近づけて走らせてくれたので、それを眺めて歓声を上げていました。

出かける前から、ピクニックがしたい、と言っており、その意味するところは、屋外で食事がしたいと言うことなのですが、今回寒そうで断念してもらいました。

ただ、池の周りにはお弁当を広げる家族、友人も多くいました。

もうすぐピクニックができる季節になるだな、とも思いますし、そのような季節がまた廻ってきた、とも思います。

さて、発育支援の教室はお休み中ですが、息子は久々に教室に行ってきました。

知能テストを受けるためです。

平日に行われたテストの様子は妻から聞くだけですが、後日、当日のレポートが送られてきましたので、目を通しました。

知能レベルについては現段階では遅れが見られず、特段の問題はないこと。

今回はテストに挑む態度についても観察して居たところ、事前に何をするのかを把握し、ふざけないで取り組むことを約束させてから始めたところ、テストが支障なく行えたこと。

そして、指先の力が弱く、本人(息子)がそれに対して苦手意識を持っていること。

等が書いてありました。

知能面での問題が見られないことは、私たち両親もそうだろうと思ってはいました。

もちろん、現時点での、という注釈つきであり、今後の学習によってはどうなるか分からないものです。

そして、学習の場である学校に馴染めなければ、知能(というか知識)が遅れる可能性もあるのでしょう。

とはいえ、客観的に問題がないことが一つ意見としてもらえて、とても安心したこともまた事実です。

指先の力が弱いことについても、同年代の子供との比較ではないのですが、気にはなっていました。

ただ、それを息子本人も気にしていた、とは思っていませんでした。

最近、ブランコに乗って、歌を歌うのが好きな遊びの一つなのですが、その際に歌う歌は、息子の自作の歌がほとんどです。

テレビを見る機会が少ないことから、知っている歌がないからなのか、と思っていましたが、妻によれば、知っている歌がないことはその通りであるものの、完全に歌詞とメロディを覚えている歌でないと、自信がないから歌わないのだそうです。

以前、発育支援教室の見学に行った際、みんなで行うダンスに参加していないことがありましたが、これも自信の無さから来るもののようです。

指先のチカラは、鍛えることでついてくる、つまり使うことが一番の解決策のようなので、積極的に使えるように促そうか、という話を妻としました。

「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」、はオリンパスCMで使われているキャッチフレーズですが、息子もココロとカラダが互いに互いを引っ張って成長していってほしいものです。

抱っこと腰痛

様々な移動手段の中で、息子が一番おとなしくしているのは、後部座席に座っているときです。

車でも、自転車でも、歌ったり、(車なら)本読みをねだったり、話しかけたり、じっとしているわけではないのですが、文句も言ずに座っています。

電車での移動も好きな部類に入りますが、ここ最近は車移動をより好みます。

理由は明快で、電車の中ではお菓子が食べられない(制限している)からですね。

歩いて移動するのは、嫌いではないと思います。

家の中や慣れてきた遊び場では、親から離れることはあまりありませんが、歩き回ります。

しかし、買い物や電車の中、公園までの移動で歩くのは苦手です。

歩きたくないと訴え、抱っこしてほしいとせがみます。

口では、疲れたから歩けない、眠たくなったら歩けない、などなど言うのですが、それよりも外部の刺激の中、抱っこされている安心感に勝るものはない、のだろうと思います。

余談ですが、息子は嫌なことを、なんとか過ぎる!とよく口にします。

疲れ過ぎてもう歩けない!とか。

ごはん食べない、眠すぎる!とか。

これを聞くと、美人過ぎる市議を思い出し、息子はなに過ぎるのだろうかと考えます。

かわいすぎる息子、とか(親バカすぎる両親!)。

ポテトフライで腹が出てきすぎる園児、とか。

お菓子をねだりすぎて、他の言葉を忘れる四歳児、とか。

さて、金曜の午後、息子を抱っこしようとした際に、妻が腰に違和感、強い痛みを感じたそうです。

抱っこは諦めてもらい、家に帰り、動くたびに痛いことを確認しました。

我が家ではベッドを壁にぴたりとつけて、壁側に息子が、隣りに妻が寝ているのですが、どうしても息子の方に身体を傾けて寝るのが辛い、本当は息子に背を向ける体制が楽だけど、それは寂しい、でも仰向けに寝ているのも痛くてつらい、という話をしていました。

翌朝、病院で診察してもらったところ、ぎっくり腰ではないようですが、椎間板の様子がおかしいと言う話だったそうです

ぎっくり腰は、妻の両親、勤め先の上司、などなど身近な人がやっており、その辛さも聞いていたので、嫌だ嫌だと言っていたので、ぎっくり腰ではない、という診察はうれしかったようです。

一方で、最近のぎっくり腰は、絶対安静ではなく痛くない範囲で体を動かした方がいいようなのですが、妻は安静にしている方が治りが早い、と言われたそうです。

まあ、なんと言われたかには関係なく、重たいものを持つのは痛くて無理そうなのですが。

そのため、息子がいくらせがんでも、抱っこしてあげることができなくなりました。

もちろん、土日は私が仕事を休みだったので、私が代わったのですが。

息子も体調が悪い時など、どうしても妻に抱っこしてもらいたがることがあります。

幸運なことに週末は体調も良く、天気が悪かったので家に長くいたこともあり、問題なく過ごすことができました。

また、よくいく遊び場に、息子の好きなおもちゃが増えており、それにはまったことも移動距離を短く、抱っこの機会を減らすことになりました。

いざ、自分が息子の求めに応じて抱っこするとなると、これまでとは格段に熱心に、どうしたら歩いてくれるのか、を考えることになります。

例えば、餌で釣る。

歩いてくれるんだったら、飴をなめててもいいよ、とか。

あるいは、目的地までの道順を伝え(家の近くなので、息子にも理解できる道順だったのですが)どこまでは自分で歩いて、どこからは抱っこするか、出発前に話し合うとか。

妻の腰は土日の二日間では完治しなかったようで(医者からも1間は様子を見ながら安静にしているように言われていますし)今週は、まだまだ抱っこを巡る攻防が続きそうです。

なお、良いニュースなのか、悪いニュースなのか、判断に困るところではありますが、1か月前から体重が1キロ増え18キロに到達したことが日曜の夜に判明しています。

歩くのはダイエットにいいのですけどね。息子はまだダイエットという言葉に馴染みがないのが残念です。