読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

粘土遊び

春休みに入っても、発達支援教室に行きたくない、と朝起きるなり、息子がしくしくと泣いている毎日です。

平日は朝の時間しか息子と触れ合わない(夜、仕事が終わって家に帰ると寝ている)のですが、その時間はなるべく話しかけるようにしています。

例えば、前日、公園で拾ったものを見せてくれると、それが公園で拾ったものだと妻から聞いて知っていても、どこで見つけたの?と聞いています。

私は、子供になるべく対話をさせたいと思って話しかけています。

正解が返ってくることを期待して、あるいは何かを知りたくて話しかけているわけではありません。

ところが、この質問、妻には不評です。

昨日(妻が私に)説明したのに、聞いてなかったの?と言うわけです。

聞いている、知っているけど、息子に質問している、がどうして理解されないのかな、ともう何度も繰り返しているので思っています。

さて、幼稚園でも、発達支援教室でも、工作の一環で粘土を使うことがあるのですが、息子はこの粘土遊びが大好きなんだ、と聞いていました。

聞いてはいたものの、家に粘土はなく、遊んでいる現場を見たことがなかったので、ふーん、という程度の関心しかありませんでした。

私自身は、粘土に対して、何にもいい思い出がありません。

そもそも図工の時間がどれもこれも嫌いで、絵を描くことも、それをするくらいなら風呂掃除を頑張るぜ、という程度にきらいです。

3月に入り、誕生日プレゼントの一つとして粘土を買ってあげたこと、幼稚園で使っている粘土が、年度で一度買い直すものらしく、今年度使っていたものを持ち帰ってきたことから、週末に家で、粘土で遊ぶ息子の姿を図らずも目撃することとなりました。

まず、息子が粘土で何をしているか、ですが、食品を作っています。

パンとか、お餅とか。ラーメンと餃子も多いのですが、これは買ってきた粘土がラーメンを作ろう!というセットで、ラーメンやら餃子の型があるためです。

何故食品に偏るのかは分かりません。

お砂場で作るものと言えば、道路と線路と山とトンネルで、食品なんてこれまで一度も見たことがありません。なのに粘土は食品。。。

まあ、幼稚園で作るのが食品なのかもしれず、そう刷り込まれているだけかもしれません。

ついでに、作る食品は、食事の好みとは全然リンクしていません。

相変わらず、好きな食べ物第一位は断トツでポテトフライなのですが、ポテトフライを作る、とはならないようです。

一方で粘土でよく作っているのはパンです。

パンはあまり好きではないのですが(ハチミツをかけて甘くしてあれば喜んで食べますが)。

次に、粘土で作ろうとするモノはやたらと小さいです。

大人の中指の爪くらいの大きさ。

砂場でも粘土遊びでも同じなのですが、誰かと一緒(誰か、は大人限定ですが)が好きなことは変わりません。

何を作ってほしい、という注文も多いですが、注文通りの物を作ったとしても、それを気に入る保証はなく、注文外の物を作って気に入ってもらえることもあります。何より、注文を受けた直後に、こちらがそれを作っていると、何を作っているんだい?(本当にこの口調なんですよねー、腹立つ)と聞いてくることすらあります。

で、大人が大きな塊で何かを作ろうとすると、とっても嫌がります。

粘土にはヘラがついていたりするじゃないですか?

あれって、ある程度の大きさがないと使いずらいんですよね、なのに息子は一生懸命、ヘラでパンに模様をつける、という細かい作業をしています。

最後に、粘土というのは片づけにとっても時間がかかるものなんですよね。

手も汚れますし、破片があちらこちらに飛び散ります(広げた新聞紙の上で遊んでいてもなかなか収まらないです)。

さらに、特に安い粘土は、あっという間に硬くなるので、ビニール袋にしまいこんでおく、ということも必要です。

時間がかかりますし、めんどくさいものなわけです。

ところが、息子にはこれが理解できないので、あと10分で出発するけど、それまで遊んでいていいよ、というと、粘土をやりたい!とか言い出したります。

まあ、遊んでいる最中には、よっぽど強くどこかに打ち付けたりでもしない限り、泣き出したり、嫌な気分になったりすることはありません。

他の子供に何かされても、きょとんとしていることがあっても、怒ったり泣いたりしないのです。

そのため、しくしく泣かれるよりは、親がメンドクサイ思いをするくらいで済めば、遊ばせてあげたいな、と思うんですよね。

片づけるたびに、塊に戻ってしまい、カタチを留めない粘土。

そんな粘土での遊びも息子の中に、確かな、楽しかった記憶として残ってくれるのでしょうか。