言えること、言えないこと

息子が発育支援教室に通い始めて早10日余りが過ぎました。

家を出る前に、教室に行くのを嫌がる。
教室に着くと泣き叫んで帰ろうとする。
しばらくすると(日によって10分の事もあれば、30分近いこともありますが)遊び始める。
教室の移動は嫌がる(運動するために教室を移動するのですが、運動が嫌なのか、教室移動が嫌なのかは不明)。
お昼ご飯(お弁当)は残さず食べる。
帰りは教室に併設された公園の砂場で遊んで楽しく返ってくる。
そんな毎日を過ごしています。

ここ数日で顕著なのは、とにかく行きたくない!と泣いてダダをこねることに加えて、行かない理由を言い立て始めたことです。
例えば、、、
理由とは違いますが、「今日はお休みするの、お休みするって手紙を書いたの!」と言い出したことがあります。
この時は、じゃあそのお手紙を届けに行こうかと説得し、連れ出して教室で身柄の引き渡しをする、という、翌日はどうしようと頭を抱える対応をしました(幸いなことに、翌日は途中で楽しいこと、自転車のサドルに座らせてあげること、をエサに教室まで行けました)。
また、「今日は風邪を引いたからお休みするの!」と言い出したこともあります。

元々、何かしたいことを主張する際に、理由を言い立てることはしていましたが、それって結構定型で。
抱っこしてほしいときに、「もう疲れすぎた!歩けない、抱っこして!」とか。
お菓子を食べたいときに、「もうお腹が空きすぎた!何か食べないと何もできない!」とか(もちろん「何か」は甘いお菓子限定です)。

息子が生まれてから、彼に何かを教えるときには必ず理由を明確に言おう、という育児方針を貫いた、その結果なのかもと思うと、なんとも言えない気持ちになります。
一方で、主張に理由をつけられると言うのは、他人と論理的に話をする際には大事なことなので、望ましいようにも思います。
しっかり成長している証の一つであると感じられる、というか。
しかしその一方で、幼いころから、そんなことをしなきゃいけないなんて、小賢しいのではなく、かわいそうな気持ちにもなります。
幼児なんだから、したいことをしたいと主張するだけでいいんじゃないか、と思うというか。
もちろん、本当にしたいことをストレートに言われて、ただ否定するしかできなくて辛い思いを親がすることも多いのですが。

息子が理由を言えるようになってきた一方、自我が芽生えたのか、他に理由があるのか、親が、このタイミングでこれを言おう♪と教えても、その通りに言えないことも増えてきたように思います。
正月は、出会う人ごとに、「あけましておめでとうございます、ことしもよろしくおねがいします」と言おうね、とお約束したのですが、これは本人も楽しかったようで、会う人会う人に言っていました。
しかし、よくいくお店の息子のことを知っていて話もできる店員さん(40代後半の女性)が、先日、髪を切っていたので、よく似合いますね、って言ってあげようと説得したのですが、こちらは恥ずかしがって全然、言いません。